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チャリギョ!

「チャリンコ」行政書士の事件簿

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被災地での出会い。

2011.04.05 (Tue)


4/2-3、被災地で見てきたことや聞いたこと。拙いけど、一生懸命報告します。

2階だけが残っている建物

前日夜に宇都宮入りしていた僕らは、仮眠をとって朝4時に出発。今回が2度目の被災地入りとなるNPOもんじゅ飯塚代表に導かれ、まずは仙台市若林区荒浜近辺の被害の様子を見に行きました。もう一人は、我らが東京都地域密着型サービス事業者連絡協議会広報部の高濱部長。日頃から村松さんのパワハr(自己防衛)

浴室の跡

この地区の名前を聞いて、大津波発生直後のニュースがフラッシュバックします。

アイロン

何もありません。瓦礫があちこちに散乱しています。あのアイロンも、おたまも車もアルバムも戸棚もみりんもズボンも週刊誌も、普段の「暮らし」がそのまま襲われて目茶苦茶にひっくり返されたとしか言いようがありません。瓦礫の山から何かを探す人たちの姿が見えますが、早朝ということもあってか人影はまばら。

油のにおい

僕ら三人は無言のまま、何となく海岸線へ向かいました。油のにおいが漂っている川岸には、幸せそうな写真が「見つけて欲しい」と訴えるように置かれています。持ち主が見つけてくれるようにと、祈ることしか出来ません。

若林区からの望む太平洋

海に出るとただの海、いつもの海です。振り返ると、まるで焦土と化したかのような光景。視界に入るもの全てが、です。

特別養護老人ホーム潮音荘

こちらは浜辺から近い位置にある特別養護老人ホーム。松の樹が突き刺さるように建物を襲い、1階は天井まで泥だらけです。入居者の姿は無く、誰ともお会いすることはありませんでした。どこからともなく線香の香。どなたか訪れているのでしょう。

特別養護老人ホーム杜の里

次に僕らは、飯塚さんが数日前に訪れたという特別養護老人ホームへ向かいました。ボランティアが多い様子で、数日前に比べても大分綺麗になっているらしい。

物資を下ろす

副施設長の皆川さんや職員の皆様へ挨拶し、持参した中から必要な物資を聞きます。この物資は、地元でお世話になっている多くの介護保険事業者の皆さまや、朝霞市・志木市社会福祉協議会、朝霞市経済振興課のご厚意で集まったものです。運転席と助手席以外は物資でパンパン。全部積み込むのに、二度も積み直しをしたくらいです。皆さんのご厚意と、何かしたいという思い。責任を持って届けます。ここは皮切り。行く先々で手渡して参りました。

杜の里1階

1階は泥だらけだけど、大分整理が進んでいます。

杜の里事務所

大津波災害直後は、暫く孤立していたとか。非常用備蓄も1階にあったため、残った男性職員が意を決して泥水に飛び込み、手探りで備蓄品を探したそうです。備蓄場所も考えないといけないですな。

2階で炊事準備中

2階のここら辺はロビーだったのでしょうか。物資の山の向こうでは、調理師さんたちが食事の準備に取り掛かっています。そのすぐ横には、パーテーションで幾つかに区切られたスペースに多くの要介護高齢者の姿。現場職員の皆さんの尽力によって、不自由ながらも生活が営まれています。家族の理解や協力も、大きな力になっているそうです。

皆川さんとの対話

今回の被災地入りの一番の目的は、被災地で奮闘されている現場職員の人たちとの対話。まずは杜の里副施設長の皆川さんにお時間を頂いて、お話を伺いました。

まずは職員の皆さんの奮闘ぶりに頭が下がります。身内を亡くされた悲しみに耐えて従事する職員、自転車で3時間もかけて通ってくる職員。ここ杜の里では、多くの職員が力を合わせてこの困難を乗り越えようとしています。津波の被害が無い場所の施設では、今回の災害を機に離職する人が多いとか。それぞれの事情があるだろうから責めるなんて出来ないけど、乗り越える困難が大きければ大きいほど結束も強固なものになるのでしょうか。皆川さんの明るいお人柄が、周りの人に元気を与えているように感じました。

逆に杜の里での課題は物資と場所。特に介護に必要な消耗品は、いくらでも数が欲しいところ。それでも沢山の方々が支援をしてくれて、徐々に集まってきている。在宅に比べると、施設や医療機関は物資が集まり易いですしね。でも、場所の問題はとても重い。皆川さん曰く、「津波の被害に遭った施設に、入居を申し込もうと思う人はいないだろう。」今は利用者の安全のため、災害設備の復旧を急いでいるそうですけど、数年後には施設ごとの移転を考えざるを得ないだろうとのことです。

それぞれのステージが移り変われば、ニーズも変化します。もう少し落ち着いてきたら、この困難を乗り越えていく現場職員の方々とも対話したいです。そして新たに生まれてくる皆さんのアクションを、僕らは僕らに出来ることで一生懸命応援したい。どこかでそんな集まりが持てるといいですね。また必ずお会いしましょう。

サテライトケアセンター仙塩

次に到着したのは塩竈市。道中の風景には言葉を失うものの、主要道路の交通は大分回復しているようにも感じました。ただ、渋滞が酷い。丁度土日だったから、県外から被災地に駆け付けた車も多かったのだと思います。

ここの責任者がシンフォニーケアの井上さん。彼と彼の仲間は、施設や病院・避難所に比べて生活物資が圧倒的に足りていない在宅高齢者に対し、ケアマネジャーやヘルパーのネットワークをフル活用して命を守る支援しています。まさに災害時ケアマネジメント。こんなに心強いつながりはない。少ない食料品も含めて、いくらかの物資を彼らに託しました。

ハザードマップ

井上さんから七ヶ浜の話を聞きます。このハザードマップを見ると、以前の大津波で被害にあった箇所が記され、その場所を避けるように避難所が点々としていることが分かります。しかし今回の大津波は、その避難所を集落丸ごと飲み込んでしまった。一命を取り留めた人からは、高齢者が手を繋いで助け合い、そして流されていったという話を聞いたそうです。

その彼が言う。「女川に行って欲しい。そして現場を見て欲しい。集落ではなく街が丸ごと無くなってしまったんだ。」

石巻ヤマト運輸

途中の石巻市は酷い渋滞で、全く車が動かない。それでも徐々に海岸線に近づいていくと、風景が変わります。気が付いたのは、津波の被害の出方が地域で全く違い、そして復興のスピードも違うということ。甚大な被害にも関わらず、石巻市はヤマト運輸も外食店も再開している場所がありました。

石巻市街

それでも瓦礫の山は、端にどかして道路の交通を確保するので精いっぱい。

ショッピングセンター内

ショッピングセンター内には、あるはずのものが無く、あるはずの無いものがある。何から手をつけたら良いのやら、茫然とするしかありません。

浸水

もうすぐ女川町という手前で、道路や家の横が浸水している箇所を発見。未だに津波の跡が残っているのか…と思いきや、地盤沈下の影響で潮が満ちると浸水してくるようになってしまったとのことでした。

女川へ到着

そしてとうとう女川へ到着。高濱さんの頭の横、ビルとビルの間に水色っぽいものがあるの分かりますか?あれが女川湾。神社も役場も福祉施設も、そして何より人々の暮らしそのものが大津波に壊滅させられました。左の山の緑、その右はじの小高い所に見える体育館のような建物が、僕らがこれから目指す女川町立病院です。

海とは逆の山の方

こちらは反対側。ずっと津波が駆け上がっていったのでしょう。随分と奥地まで津波の痕跡が痛々しく残されています。

女川町立病院から見下ろす

これは、女川町立病院から女川湾を見下ろした写真。津波の被害に遭わないように、この町立病院は海抜25mの高台に建設されました。しかし今回の大津波は、町立病院の1階にも大きな被害をもたらしています。

そして僕らは、女川町にある小規模多機能ホーム杉楽苑のケアマネジャーと出会いました。井上さんから話を聞き、同じ仕事をしている同士として会いに来たことを伝えます。この事業所では、所長をはじめ職員9名の安否が分かっておらず、利用者にも命を落とされた人がいるそうです。車いすの方を助けられなかったこと、自分自身も間一髪で助かったことを、涙ながらに語ってくれました。右腕に大けがをしながらも懸命に避難所で従事する姿を見て、僕は何と声をかけたら良いのか分からなかった。

「来てくれてありがとう」との言葉に、「会えて良かった」と飯塚さん。またこちらに来る時には必ず会いに行きます。どうぞお身体をお大事になさってください。

石巻専修大学

続いて僕らが向かったのは、石巻専修大学。石巻市にある小規模多機能「ぶらいと」が被災し、その利用者と職員が避難して来ているという。しかし既に場所を移っていたことが分かりました。同系列のグループホームに身を寄せているとのことです。

路地に入る

比較的大きな通りは通行し易くなっているけど、一本路地を入ると、車一台通るのがやっとの状態。

車を避ける

流された車も重なったままです。

グループホームぐらんす

やっと見つけました。日も落ちて忙しそうな時間だったので、皆さんが必要な物資だけを急いで下ろします。利用者2名と若い職員2名、昨日やっと遺体で発見されたと涙ながらに教えてくれました。そして残された自分たちが頑張らないと…と、精いっぱいの笑顔を絞り出します。僕らは話を聞くことしか出来なかったけど、ここで頑張る皆さんとつながることは出来ました。復興へ向かう皆さんの歩みを、心から応援しています。いつかまた、今度は心からの笑顔でお会いしましょう。

井上さんたちと情報交換

初日の動きはここでひと段落。夜は福島で別のグループに合流しました。全国小規模多機能型居宅介護事業者連絡会の川原代表や山越事務局長、長野の宮島さんたちと情報交換。井上さんからも被災地の現状を伺います。避難所の格差、靴下部屋…。物資があっても、それは本当に必要なニーズと合致していないアンバランスな事態があちこちで起きています。避難者の状況が把握できず、必要な支援を必要な人に必要なだけ提供することができていない。在宅の方の孤立と似たような状況が、避難所の中にも生じています。それは二日目の福島で痛感することに…。

もう力尽きそうなので、二日目は「…続く」ってことで。スミマセン。

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ひとこと

田原 亮

Author:田原 亮


ゆい生活法務事務所 公式ブログ
「チャリギョ!」へようこそ。
タイトルはただのパクリです(笑)。
楽しみながら更新したいと思います。

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