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チャリギョ!

「チャリンコ」行政書士の事件簿

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僕らの仕事。

2011.04.10 (Sun)


被災地二日目は、日光にトンボ帰りする飯塚さんと別れ、井上さんたちと行動を共にしました。

グループホームよもぎ埜

仙台の蓬田さんを訪ねます。先日NHKでも放送されたグループホーム。津波による被害は甚大で、多くの利用者の命が失われました。生き残った入居者の方々は、津波の災害を免れた同系列のこちらのグループホームに身を寄せています。

援護隊

全国の仲間たちから、沢山の応援が届いているそうです。また、放送を見たという多くの方々からも、問い合わせが相次いでいるとのことでした。

食糧品の荷おろし

昨日は福島県内を2ヵ所回ってきたという宮島さんのトラック。中には物凄い食料品が積み込まれています。こちらの事業者で不足している品物を伺い、僕らも必要な物資を下ろします。

蓬田さん曰く、行政の対応も全く追い付いていないのが現状のようです。時間と共に変わってくるニーズに対し、単発ではなく継続的な支援が出来るといいなと話しました。被災地から離れる僕らに何ができるか。被災地での、被災地の人たちによる力強い歩み。その力強い具体的な歩みを、寄付という形で直接応援することが出来ます。

東北地方太平洋沖地震における「きずな」のチャレンジ -高齢者・子供の支援-

震災被害の支援について -NPOもんじゅ-
 3月11日の大震災、大津波後、被災地を含めた日本全国の人たちの中に、『何かをやりたい、けれど、何が出来るかわからない』という想いをもった方たちが大勢いらっしゃるのではないでしょうか?NPOもんじゅは、被災地の方、それ以外の方、一人一人の『何かをやりたい』と思う気持ちを、対話を用いて、一生懸命支援しています。その人の活動に対する『アセスメント』から『モニタリング』まで、そのチャレンジに参加したみんなで並走いたします。

宮島さんたちは、この後石巻を通って、岩手の被災地まで北上されるとのこと。高濱さんと僕は、自分たちの目と耳で福島の現状を知りたいと思いました。皆さんとは再開を約束してここで別れ、先日福島入りした和田さんへ連絡。現地の人たちと対話が出来て、ついでに物資も効果的に届けられるような動き方を相談。すると折り返しの電話で「ワダユキコさんを訪ねたら間違いない」と。ワダユキオさんからワダユキコさん?それギャグっすか…と返すと、大笑いしながら「ホンマや!」と。…御意。

福島県社会福祉士会・介護支援専門員協会

そして僕らは福島・郡山の和田由紀子さんを訪ねるため、福島県社会福祉士会・介護支援専門員協会事務局へ。日曜日にも関わらず、事務局の和田さんをはじめ福島県社会福祉士会の島野会長、藁谷事務局長が事務所に詰めておられました。

皆さんから福島の現状を伺います。一部に屋内退避指示が出されている福島県いわき市では、物資と生活も徐々に普段を取り戻しつつあると藁谷さん。しかし指示区域とその周辺の状況は未だ把握できていないことも多く、最近になってやっと周辺会員と連絡がつき始めた状況だそうです。他被災地にはない原発の問題が、福島に何重にも苦しみを与えています。住まいも就労も産業も教育も保障も、原発問題が収束しない限り、何もかもが見通しすら立てられないという状況でした。

集まる物資

南相馬市には、避難先の高齢者から問い合わせがあった時に困るから…と、屋内退避指示区で孤軍奮闘するケアマネジャーもいるそうです。同じケアマネジャーとして心がざわめきます。その方に是非とも会いたいと相談したけど、自分たちですら現地の状況を把握できてないのに、僕らを周辺区域に行かせることは出来ないと島野さん。皆さんの複雑な心境を思うと、僕らは返す言葉もありませんでした。

ガソリンも貴重

ガソリンは大分流通するようになっているけど、それでも指示区域周辺で動きまわったり届けたりというにはまだまだ貴重だとのことです。東北道の給油所も大分回復してきていたので、帰り道は大丈夫でしょう。僕らが持っていったガソリンは、全て福島県社会福祉会に置いてきました。介護用品等の必要物資も、みんなで手分けして指示区域周辺に届けるそうなので、こちらにも物資を託します。

そして何と、もんじゅの活動に興味があるという今野さんにも出会えました。ここ福島でも、NPOもんじゅならではの支援が出来るといいですね。もんじゅな仲間たちを連れてきますから、また必ずお会いしましょう。

福島ビッグパレット

今回の被災地入りの最期に訪れたのは、郡山市内にあるビッグパレットふくしま。被災者が置かれている状況を見て欲しいと、和田さんが案内してくださいました。こちらの避難所には、福島原発のすぐ隣にある富岡町と河内村の住民が避難しています。物資はまだまだ不足しているとの情報を得て、残った物資も持ち込みました。

物資の山

ところが物資受付の担当者は、「介護用品は足りてる」とのこと。確かに避難所は物資の山で、外では炊き出しも行われていました。情報の混乱はどこにも見られるのでしょう。

受け取って貰えなかった残りの介護用品は、全て福島県社会福祉士会へ託すことにしました。そして和田さんと僕らは、医療現場で活用できる物品だけ持って、直接避難所の中の臨時診療所へ。診療所スタッフに直接手渡し、福祉関係者とお会いできるか相談してみます。

臨時診療所

そして富岡社会福祉協議会のケアマネジャーと出会いました。被災地の中で、特に要介護者等に対する支援に奔走されているそうです。

要介護度の重い方々は優先的に施設で対応して貰っており、次第に落ち着いてきているとのことでした。しかし、被災地で暮らす人たちの状況は全て把握できている訳ではなく、入院先から知らない間に避難所へ退院させられていたという人も。支援物資は足りていても、人と情報の混乱は大きな問題となっています。把握しきれていない避難所内での孤立、動かないことによる心身機能の低下という悪循環。

本当の自立とは、必要なケアが満たされた延長線上にある。自立支援どころじゃないというケアマネジャーの言葉と、必要なケアを満たせない避難所の実情を見て、改めて痛感しました。

避難所へ避難して来られる要介護者には、長く在宅で介護生活を送っていた方々もおられます。思いがあって在宅生活を貫いてこられた方々は、避難所でも同じように自分たちが介護をしたいという気持ちが強いそうです。一方で、乏しい介護体制や本人の体調によっては、必要なケアが足りずに入院・入所の説得をすることも。

一番印象的だったのが、「何を相談したら良いか分からない」という言葉。介護だけではありません。原発事故で避難を急かされ、避難所を転々としてきた被災者の殆どは、自分の家がどうなっているのかすら分からないんです。いつまで経っても収束する気配のない問題に、避難所全体が息苦しいくらいの閉塞感に囲われていました。介護相談に医療相談、就労相談法律相談。いろいろな支援が広がっているけど、相談が来るのを待っているだけじゃ意味がない。避難所にではなく、避難所で暮らす一人ひとりにアウトリーチしていかないと。

福島からの帰り道。我が街の隣に位置する新座市に、スーパーアリーナからの被災者が避難してきていることを思い出した。早速、スーパーアリーナにもボランティアで参加したという澤村さんへ連絡。すぐに澤村さんも調べてくれて、避難者数は当初の予定より少ない10名程度だということ、そしてその中に要介護高齢者はいないということを教えてくれました。

各地の避難所で、同じ問題が出てくるでしょう。受け入れる側がどんな人や機関なのかによっても、生活状況は大きく左右されると思います。僕のような一人親方は、専門職のボランティア派遣に協力することは難しい。でも、生活を支えるプロとして、僕らの街へ避難して来られた方々に出来ることがある。僕らじゃないと出来ないことが必ずある。そう知りました。

避難先の地域のことは、避難先の地域で働く人たちの方がよく知っています。そして避難者は今後も各地に増える可能性があります。避難生活の長期化も間違いないと思います。近くの避難所情報にもアンテナを立てて、被災された方々を各地のつながりで支えていきましょう。何も特別なことなんてありません。僕らの仕事ってそうじゃないですか。

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ひとこと

田原 亮

Author:田原 亮


ゆい生活法務事務所 公式ブログ
「チャリギョ!」へようこそ。
タイトルはただのパクリです(笑)。
楽しみながら更新したいと思います。

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